医療従事者向け手引き

ハンセン病療養所入所者や社会復帰した人などを診療される一般医療機関のスタッフの方々へ

 この手引きは、ハンセン病後遺症を持つ回復者に初めて接する医療スタッフの方々に、病気と後遺症について理解していただくために作られました。

【1.ハンセン病の基礎知識】

1−1.ハンセン病とは

 らい菌(Mycobacteriumleprae)という細菌による慢性炎症性の疾患です。らい菌は弱い細菌で、たとえ感染しても発症する人はごく少数です。万一発症した場合の主な症状は、多様な皮疹と知覚麻痺を中心とする末梢神経障害です。未治療や不充分な治療で経過すると、皮膚の変化や顔面・手足の神経障害による変形、さらには視力障害などの後遺症を引き起こすことがあります。

 1940年代からDDSなどのハンセン病に効果的な薬剤が登場しました。1980年代からは、世界的規模で新しく多剤併用療法(MDT)が取り入れられ、外来治療が可能で、合併症が少なく、再発率の低い比較的短期間の治療法が、広く使用されるようになっています。

1−2.ハンセン病の感染経路と発症について

 ハンセン病は、一般的な環境では非常にうつりにくい病気です。感染源となる可能性があるのは、未治療のハンセン病患者ですが、これまでにハンセン病医療従事者で発症した人はいませんし、大人の志願者に菌を接種しても発症させることはできませんでした。しかし、まだ抵抗性の発達が不十分な乳児・小児期に、感染源となる未治療の患者と長いあいだ一緒に生活したりすると、鼻腔粘膜などから感染して、数年から数十年の潜伏期を経て発症する可能性があります。

 治療中の患者さんや回復者から感染することはありません。

 もしもハンセン病を発症しても、早期に一定期間の外来での内服治療をすることによって、完治できます。

 病気を人にうつさないための注意としては、治療をきちんとすることが一番です。殺菌力の強いリファンピシンを飲むと、短期間(動物実験では数日以内)に菌は感染力を失います。

1−3.ハンセン病の後遺症と感染の可能性について

 ハンセン病では末梢神経に障害を引き起こすことが多く、そのためにたとえ感染症としてのハンセン病が治癒した後であっても、外からわかる顔面・手足の変形を残すことがあります。ことに、現在のような治療法が確立していなかった時代にハンセン病の治療を療養所や外来で受けた回復者には、かなり重篤な後遺症を持つ人も少なからずあります。

 しかし、治療が終了して臨床的な「治癒」状態にある方々が、ハンセン病の感染源になることはありません。すなわち「手足などの変形が強いからといって病気がうつるわけではない」ことを、充分にご理解ください。


1−4.ハンセン病の隔離が不要である理由

 前述したとおり、ハンセン病は一般的な環境では非常にうつりにくい病気です。また、治療を開始すると短期間で菌の感染力は消失し、ほかの人に病気をうつす可能性はなくなります。

 これらのことから、たとえ発症直後の患者さんであっても、隔離する必要がないことは明らかです。まして、治療を終了している「回復者」の方々を隔離したり、感染防止のための特別な扱いをすることは全く無意味です。

【2.社会問題・偏見・差別の対象としてハンセン病の歴史と特徴】

2−1.関連法規について

 1996年まで続いた「らい予防法」は、ハンセン病について療養所を中心とした隔離をその基本としていました。1996年に制定された廃止法によって、その基本方針は一般医療機関による外来治療へと大きく転換されました。同時期に伝染病予防法を廃止して成立した感染症法においても、ハンセン病は届け出が不要な疾患となっています。

 このように、現在は法律に何も規制がない普通の疾患として、診療、治療がされています。

 「らい予防法」によりハンセン病患者が隔離され、社会的偏見・差別が助長されたことについて、20015月に熊本地裁判決が国の責任を認めたことを受けて、内閣総理大臣、厚生労働大臣、衆参両院がそれぞれ謝罪を行い、ハンセン病回復者らへの補償と権利回復施策に取り組んでいます。

2−2.ハンセン病「回復者」の社会復帰と医療について

 国の誤った隔離政策のために、元来は社会復帰できたはずの多くのハンセン病療養所入所者が、高齢になるまで療養所の中の限られた社会で暮らしてきました。そのため、予防法の廃止後も社会復帰がなかなか進んでいません。社会復帰をためらっている方々の多くが、そして実際に社会復帰を達成された方々も、一般の医療機関を受診することへの不安を持っています。このことについては、次の項目でさらに説明します。

【3.ハンセン病回復者、退所者の心理状態】

 ハンセン病療養所での医療は保険診療とは無関係に行われてきたために、保険証を出して診察を受け、負担金を支払いするという習慣がありません。また、病院で処方箋をもらって院外薬局で薬を購入するシステムもありません。長時間の検査・診察待ちという経験もあまりありません。このように、一般医療機関を受診する際には、保険診療に不慣れで不安を持っていますので、どうかその点はご配慮をお願いします。

 また、ハンセン病に対する社会の理解が進んだとはいえ、まだハンセン病の既往が様々な社会的な差別につながることも懸念されます。プライバシーの遵守については充分なご配慮をお願いします。家族に自分の病気について話されていないかたも少なくありませんので、初診時・入院時などの家族連絡先については、記載できないこともあることをご了承ください。

 上記と関連して、初診時にはハンセン病の既往をどうしても言い出せないということもあります。その点をご理解ください。

【4.ハンセン病の後遺症について、ご注意いただきたいこと】

4−1.ハンセン病後遺症の一般的特徴

 後遺症を持った回復者を診療する際には、次の点をご配慮ください。

4−1−1.知覚麻痺の分布と特徴

 ハンセン病の多発性単神経炎の後遺症として、皮膚の特に低温部(四肢の伸側や末梢部など)に温痛覚の脱失が見られることが多くあります。たとえば尺骨神経の分布する領域の知覚麻痺や、より限局された範囲に多発性に島状に知覚麻痺が分布することもしばしばあります。しかし、ハンセン病では、位置覚などの深部知覚はかなりよく保たれます。

 知覚麻痺の結果として、足底などの荷重部位の過角化と潰瘍形成(足底潰瘍)や、神経症性(Charcot)関節、骨折を合併することもあります。

 日常生活に関しては、蛇口のお湯や風呂・シャワーで火傷をする危険があります。また、履物がいつのまにか脱げても気付かない、足底に傷を負ってもわからないなども、しばしば経験します。

4−1−2.運動麻痺と筋萎縮の分布と特徴

 ハンセン病の多発性単神経炎が純知覚神経に限局した場合には運動麻痺は生じません。しかし混合神経に炎症が及んだ場合には、知覚支配領域とほぼ同じ部位に脱神経による運動麻痺・筋萎縮を生じます。その結果として手足の変形、垂手や垂足が見られることがあります。

4−1−3.顔面の障害

 ハンセン病の多発性単神経炎によって、三叉神経麻痺、顔面神経麻痺がしばしば見られます。その結果、顔面の変形、麻痺による閉口障害と流涎、閉眼障害(兎眼)を合併することもあります。

4−1−4.目の障害

 前述の閉眼障害によって角膜乾燥、角膜潰瘍を生ずることがあります。また、ハンセン病によって前眼房の炎症が起こり、緑内障や虹彩の癒着などが起きることもあります。点眼薬を使用している人には、入院中も定期的に点眼を続けるようにご指導ください。

4−1−5.皮膚萎縮と、しばしば見られる皮膚疾患

 皮膚がハンセン病によって萎縮した場合に、知覚麻痺に発汗障害が合併し、乾燥による皮膚障害を引き起こすこともあります。知覚麻痺の部位に深い火傷を負うこともあります。

 前述の足底潰瘍が慢性化した場合には、慢性反復刺激の結果として、皮膚扁平上皮癌が起こることもあります。

 また、手足や爪の白癬もしばしば見られます。

4−1−6.その他の後遺症

 男性には、女性化乳房が見られることがあります。

4−2.麻酔をかける場合の注意

 皮膚の温痛覚がかなり広範にわたって脱落している場合があります。腰椎麻酔、硬膜外麻酔や類似の局所麻酔をかけられる場合には、麻酔実施前に、麻酔効果を判定する予定の皮膚に麻痺がないことをご確認ください。

 なお、ハンセン病後遺症を持つ患者の脊椎麻酔中に、知覚脱失部または幻肢部分にしばしば下肢痛が出現することが報告されています。

【5.ハンセン病の合併症対策とその予防】

5−1.足底潰瘍の予防

 足底潰瘍を一度もおこさないことが最も大事です。潰瘍を繰り返せば繰り返すほど、状況は次第に悪化して行きます。

 足に知覚麻痺があるということを自覚させ、知覚麻痺によって足底潰瘍が起こる理由を理解させてください。また、足部の点検を習慣づけるように勧めてください。麻痺足のケアとして、足浴、軟膏塗布、胼胝削りを習慣とするようにさせてください。足を外傷から保護するために、長距離歩行をしない、早足で歩かない、歩幅を狭くするなどを指導してください。履物は、必ず弾力性のある靴底のものを使用させてください。


6.診療ネットワークと療養所の利用のヒント】

 ハンセン病の再発が疑われる場合など、不明な点については、以下にお問合せください。

ネットワークのリスト
療養所の連絡先

参考資料

1.後藤正道、石田 裕、儀同政一、長尾榮治、並里まさ子、石井則久、尾崎元昭:ハンセン病治療指針.日本ハンセン病学会雑誌69(3): 157-177 (2000) (オンライン版.http://www1.neweb.ne.jp/wb/hansen/)

2.並里まさ子、後藤正道、儀同政一、細川篤、杉田泰之、石井則久、長尾榮治、尾崎元昭:ハンセン病治癒判定基準.日本ハンセン病学会雑誌 71(3): 235-238 (2002) (オンライン版.http://www1.neweb.ne.jp/wb/hansen/)

3.インターネットのURL

国立感染症研究所ハンセン病研究センターhttp://idsc.nih.go.jp/others/topics/LEPR/hansen.html

World Health Organization/Leprosy

http://www.who.int/lep/

 

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